2009年08月31日

papyrus vol.26(2009年10月)Cocco 愛と罪悪感の行方

久しぶりにCoccoを見つけた。
が、表紙を見てちょっと驚いた。
ノースリーブを着ていたから。

いつも長袖を着ているイメージが強かったので、腕を出して傷をさらけ出しているCoccoに驚いたのだ。

傷を見せても平気なほど強くなれたのかな、と思って中身を読んだら全然違った。

今まで何度かパピルスに登場していたのも知らなかったし、ロンドンにいたのも知らなかった。もちろんドキュメンタリー映画のことも。
ニュース23のゴミゼロ大作戦で、市職員に意見していたCoccoとは別人らしきCoccoがいた。

古い傷の中にまだまだ新しい傷の数々。
LIVE LIVE AND LIVE
いくつかの☆
吐きダコのような手の甲の跡
右利きらしく、左手の方が痛めつけられている。

この様子を見ると、きっと骨盤の骨なんかガッツリと見えているんだろうと思う。

痛々しい。
30歳を過ぎて、子供もいて、未だなお泣く術を知らない子供のように躯に痛みを刻んでいる…。
自分のことで手一杯なのが対談からも感じられた。
彼女の子供はきっと誰かがちゃんと育てているんだろうから、そのことについて考えるのはやめておこう。

Coccoは誰を救いたいのか?
何をすれば満たされるのか?
彼女が今立っている場所は、心の深淵なのか、或いは闇の中か?


「愛してるって言うしかない」
と以前から言っていたCocco。
「自分は筒だから」
「飾って見るナイフでいい」
なんともなげやりな言葉の数々に、インタビュー記事にも、対談記事にも、何の感想も持てなかった。
読者にいったい、どんなCocco像を見せようという企画なんだろう。


posted by あきひ at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | AC的話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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